また走れるようになりたい

2017年なかなか治らないインフルエンザ様症状により離職。脳脊髄液減少症と判明。2019年現在ブラットパッチ2回。自宅安静療養中の記録。在宅収入を得るため模索する日々。

ここまでの体調の流れ

 ここを始めてから時間も経っているので、ここまできた流れでもまとめてみましょう。

f:id:maru-zaru:20190728150321p:plain

まるざるとは

わたしは脳脊髄液減少症という認知度の低過ぎる病と共存している者です。交通事故起因の方が多い中、わたしは事故起因ではなく原因不明に属します。それなので同じ脳脊髄液減少症でも事故起因の方とは病状も回復具合も異なることもあるかもしれません。こんな人もいるのか程度に見てください。

 


 

長らく不調を患っていましたが、特に原因がわかる訳ではなく色々検査をしながら働いていました。メニエールと診断されたこともあれば、メニエールじゃなく起立性調節障害だと言われたり、適応障害だと言われたり。それそれの対策をしてきましたが、波があり完治という程にはなりませんでした。

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

もう気のせいなんじゃないかと思って通院を諦めた時期もありました。

 

 

しかし2017年なかなか風邪が治らず、フラフラし始め働くことがままならなく感じました。そこで藁をもすがる思いで某総合診療科を受診し、血液検査や問診の結果「脳脊髄液減少症じゃないのか?」と疑ってくれた医師がいてくれたおかげで、現在の主治医に辿りつくことができました。当時は脳脊髄液減少症なんて日本語すら聞いたことがありませんでしたので、ポカンとした記憶があります。

 

 

紹介状を持ち、その病院へ行くと主治医は「そんな症状で紹介状出してきたのか」とボソっと言いました。内心「ああ、ダメか。」と思いましたが、ベッドに寝て主治医がわたしの身体を動かし質問されたことに答えたり、CT検査の結果「いわゆる脳脊髄液減少症だろうね」と言われました。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

今はわかるのですが、単にお口がよろしくないだけで、悪い人じゃないんです主治医。慣れると、とても優しい方だとわかります。しかし初見で頭の回らない人にとっては、厳しく感じてしまいます(笑)

 

 

ここに辿りつくまで長かったんです。そういう巡り合わせだったんだと思ってます。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

ここでようやく的を絞ることができました。

でも漏れはうつらないだろう。と言われておりました。

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

MRIの結果は主治医の予想通り、漏れはうつりませんでした。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

漏れがうつらなかったことにより、RIシンチを行いました。でもまぁ、こっちでも漏れはうつらないだろうとは先に言われておりました。

 

結果的にRIシンチでも漏れは写りませんでしたが、24時間後RI残存率が10%且つ、早期膀胱集積(+)だったので「脳脊髄液漏出症ではなく、脳脊髄液減少症でしょう」との判断になりました。

 

この検査結果と、わたしの症状から主治医は「漏れているのは腰」との見立てにより腰にブラッドパッチをしました。

 

初めてのブラッドパッチ 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

素人のわたしには、この症状から腰が連想できませんでしたが、他に手立てがない状態だったので試してみることにしました。ブラットパッチ後、足が動かせるようになったのを自分が気がついた時は驚きました。

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

 

そこから臥床安静が始まりました。ブラットパッチ後5日間はすこぶる頭も調子が良かったのですが、そこからズッコーンと落ちました。しかしブラットパッチがとても苦しくて、もう二度とやりたくないと思ってしまったので意地でも良くなってやると強がってしまっていました。今思えば、あんなに意地にならなくてもと思うのですが、あの時は数ヶ月で職場復帰するつもりだったので必死だったのかもしれません。

 

 

Bスポット療法との出会い

臥床安静解除後、なかなか風邪が治らず耳鼻科へ行きました。その耳鼻科はたまたまブラットパッチ前に風邪をひいてしまい、駆け込みで開いている病院を探して行ったところでした。それからずっと喉が治らないので相談に行きました。すると風邪じゃなくて「慢性咽頭炎だね」との診断でした。そしてその耳鼻科主治医は脳脊髄液減少症のことを知っており、「HANSに似ている」と表現してくれました。そして「本州の方でHANSにも効果があったと報告されている」という話をしてくれてBスポット療法(上咽頭処置)を試してみることにしました。健康体の人は出血しないということですが、わたしはベットリ血が出ていました。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 


週1ペースで継続して通院しました。半年以上は通院しました。それから冬は体調がよくなく外出もままならなくなったのと、変に行ってインフルエンザなどもらっても面倒臭いので中断してしまってます。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

2回目のブラッドパッチ

春になったものの体調がよろしくない状態が続きました。ブラッドパッチはお金の面でできないということもあったのですが、気持ちの面でももう二度とやりたくないと思っていたので踏ん切りがつきませんでした。

 

しかし父が資金を援助してくれたことと、このまま寝てても良くならないだろうと自分でも気がついていたので、勢いで予約し2回目のブラッドパッチに挑みました。

 

いざ本番w

2回目は首と腰の2ヶ所。首は初めてだったので緊張しました。鎮静剤があまり効かなかったのか、途中までガタガタ身体の震えが止まりませんでした。ある境を経てピタッと震えは止まりました。ほぼ終わりかけてた時でした。

 

腰は耐えられるのですが、首に血液を入れる時の痛さは悶絶レベルでした。何回も中断してもらいながら首は予定量には届きませんでしたが耐えられるところまで入れてもらいました。腰は予定量全部入れてもらいました。

 

やはりブラッドパッチはやる度に「もう二度とやりたくない」と思わせる存在でした。

 

1日23時間臥床安静へ

1回目同様、2回目もブラッドパッチ後5日間はすこぶる調子が良かったです。それから再度ガックーンと落ちました。しかし、落ちたと言っても2回目ブラッドパッチ前よりは調子が良い状態だったので底上げにはなっていました。

 

 

臥床安静解除

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

 

解除になった後初めての通院で「まだ歩くな」とのお言葉だったので、歩行練習はせずにゆるゆる生活しています。反して歩いてしまうと地球がぐるりんと回ってしまいます。

 

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

 

 もう働けるぜ!ってなほどには回復していませんが、文字を読めるようになって来ました。少しずつ勉強をして資格取得という目標もできました。

 

maru-zaru.hatenadiary.jp

 

その日できる家事を行い、少し勉強してというルーティンを組めるようになりました。

 

 

最後に

これを飲めば、これで治療すれば治る!というような病じゃない場合、その辛さは本人にしかわかりませんよね。「完治してやる!」と意地を張っていた時期もありましたが今は丸くなりました。治すことを考えると、身体より先に精神をやられるので「共存」という道を歩もうと思います。

 

 

 

アンケートモニター登録