また走れるようになりたい

2017年なかなか治らないインフルエンザ様症状により離職。脳脊髄液減少症と判明。2019年現在ブラットパッチ2回。自宅安静療養中の記録。在宅収入を得るため模索する日々。

年齢を重ねるとは何なのか

いつの頃からでしょう?年をとることに対してネガティブな感情が出はじめたのは。


少なくとも20歳になるまでは「早く大人になりたい!」という一心だったような記憶があります。20代前半も怖くはなかった誕生日。やはりアラサーという言葉に該当する年頃辺りから恐怖の日に変わるのでしょうか?個人差はあるでしょうが、、、。

いつだったか、Twitterのタイムライン(TL)で『年齢は記号のようなもの』と表現されているのが流れてきました。それを見てハッとしたと同時に、完全には腹落ちできなかった わたし がいました。何故腹落ちできなかったのかは分かりません。



ただ今日、トイレに座ってボーっとしてたら、ふと「年齢は記号!」と一気に腹落ちしました。何かが わたし に降りてきました。



その時 わたし の頭の中に流れたのは大学生の時の記憶でした。




わたし の通っていた大学は【1年生】【2年生】のような呼び方ではなく、【1回生】【2回生】のような呼び方でした。
進級という制度ではなく4回生が終了するまでに所定の単位を取得していれば卒業できるという仕組み。


4回生になっても単位が足りなければ5回生、6回生となり最大8回生まで可能でした。(それ以降は退学)


だから極端な話、1年間全く授業を受けず単位を取らなかったとしても1回生から2回生にはなります。
浪人やその他の理由で入学した時の年齢がバラバラでも同じ回生なら上下関係なし、回生が増す事に権力が出ます。学生の頃の上下関係ってかなりハッキリしてますよね。



この回生制度を思い出して『年齢は記号』をすんなり受け入れる事ができました。


回生も年齢も同様に、ある指定された日を超えると【無我夢中で頑張った人】も【ただボーっとしてきた人】も同じく1つ増します。そこに差はないですよね。平等に1つ増えます。


濃度やら密度なんて評価の基準にはないんですよね。単に365(or 366)日を過ごせば1つ上がります。



そんな わたし も闘病生活が1年半になりました。闘病中に迎える2度目の誕生日がもうすぐやってきます。つまりまるごと1年間横になってるだけだった365日になりそうです。


濃度や密度は何に対して高さを求めるのかによって異なりますが、例えば稼働率に関しては0(ゼロ)です。しかし自分を見つめたり、支出を見直したりなど働いてた時に出来てなかった事は かなりできたので120%くらいになりました。


そんなわたしは夏生まれです。


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