また走れるようになりたい

原因不明の体調不良で継続困難になり離職、現在ほぼ寝たきり生活中。脳脊髄液減少症でブラッドパッチ1回。HANSに症状が似てるということでBスポット療養をしてみている。症状・通院・その他の記録。

30代の終活

ネット世界にいると普段交流できない方と交流できたり、普段の生活では知ることが出来ないであろう様々な人の考え想いに触れることができる。


もちろん、良いこともあるし悪いこともある。心が温まることもあるし、無駄に傷つけられることもある。そして、考えさせられることもある。

2018年秋

今のわたしは、「これだ!」といった診断もなく一般的な検査では異常なし。つまりほぼ寝たきりだけど、外界で活躍されてる方と検査結果的には変わらない。むしろわたしより検査結果が悪い人も多いだろう。ある意味健康なんだな、わたし。


だから経済的な危機感はあったとしても、命という危機感はまだ感じていない現状。


でもネット世界では「死」と現在隣合わせの方や、突然違う世界へ行ってしまい家族がお知らせしてくれて認識する、、、という方と出会う。


わたしの語彙力ではなかなか上手く伝えられないんだけど、このモヤモヤは何なのかと考えていた。明日は我が身だからなのか?自分事化できてないからなのか?

終活

今は珍しい響きではなくなった言葉、終活。わたしの父もやっている。ある程度年齢を重ねたら身近な存在になるのだろう。

でも誰もが年齢を重ねてから死ぬ訳ではないんだよね。とネット世界で感じた。

何歳だって、健康だろうがなかろうが、誰もが1秒後に生きてる保証なんてない。


事件事故、天変地異。本人の自覚のないまま死ぬこともある。または、そんな大事じゃなくても突然身体の機能が停止することだってある。身体が機能してくれてるのだって、何故か分からないんだから。


余命宣告を受けるのは想像もつかないほど辛いことであろう。大半の人は余命知らぬまま突然死ぬのだろう。


グダグダ言ってて何が言いたいのかと言えば、年齢に関係なく終活はしてないといけないんじゃないかと感じたの。


途中で変われば(難儀な点が発見されれば)それをアップデートすればいいだけの話でしょ?アプリみたいに。


死ぬ前に何がしたいのか?いざ死ぬ時に走馬灯のように思い返しても後悔するだけな気がするから。だから。

さいごに

本当はこれを書き始めた時は「延命治療を望むのか?」という話を書こうとしたんだけど、総括して終活になってしまった。
終活ノートに延命治療を望むのか望まないのか書いておくだけでも考える場になるのかもしれない。

とりあえずわたしは書き始めようと思う。何に書こうかな。5年手帳かな。シンプルなノートかな。


頭がパッパラパーで毎度訳の分からない文章で申し訳ない。リハビリの一環である。


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