また走れるようになりたい

原因不明の体調不良で継続困難になり離職、現在ほぼ寝たきり生活中。脳脊髄液減少症でブラッドパッチ1回。HANSに症状が似てるということでBスポット療養をしてみている。症状・通院・その他の記録。

「転勤族」の子供でした。

転勤族の子供について今日は思い出したいと思います。


きっかけは、かんいちさん(id:sekiuti)の記事でした。。
こちらの引越しを伴う転勤について、、、のお話。



以下、全然タメになる話ではないです。マルザルの過去を回想するだけです。タメになる話はカンイチさんのお話をご覧ください!(^-^)


転勤族の子供でした。

マルザルの父は転勤族でした。2〜4年に一度転勤がありました。

1984年 マルザル誕生【ここが①ヶ所目とする】
↓
1987年 3歳の年 【②ヶ所目】まだ物心ついてないから、訳分かってない時代
1988年 妹誕生
↓
1989年 5歳の年〈幼稚園A入園試験〉
↓                       【③ヶ所目・幼稚園B入園】
↓幼稚園入園〜卒園
↓
1991年 7歳の年【③ヶ所目のまま・小学校⑴】
↓
↓小学校入学〜小2修了式まで
↓
1993年 9歳の年 【④ヶ所目・小学校⑵】
↓
↓小学校3年開始〜小学校5年生2学期途中まで
↓
1995年 11歳の年 【⑤ヶ所目・小学校⑶】
↓
↓小学校5年2学期途中〜小学校6年卒業まで
↓
1997年 13歳の年【⑥ヶ所目・中学校⑴】
↓
↓中学校入学〜中2途中まで
↓
1999年 15歳の年 【⑦ヶ所目・中学校⑵】
↓
↓中学校2年途中〜中3卒業まで
↓
高校・・・このあたりから父の単身赴任へ
↓
大学
↓
社会人

冷静に振り返ってみたことなかったけど、生まれてから中学校卒業までに7ヶ所も行っていたのですねマルザル。数えたことがありませんでした。

〜幼稚園まで

幼稚園は近所のキリスト系の幼稚園の入園試験みたいなのを受けた記憶がうっすらあります。試験といってもお受験的なのではなく、手に持ってるブロックと同じ形の穴に入れるみたいなやつでした。


試験は受けたものの、入園した幼稚園は引越しにより異なりましたが特に悲しかった記憶はありません。理解していなかった時期です。

〜小学校・中学校

幼稚園に入園した③ヶ所目が1番長くいました。4年もいたんですね!そのまま小学校に入学できたので、幼稚園からの友達もいたと思われます。

最終的に3つの小学校にいった訳ですが、悲しかった記憶は1度もないんですよ。よくドラマとか漫画では転校の時は涙の別れみたいなシーンが出てきますよね?あんな心境になったことはないんです。

何故なんだろう?と大人になってから考えてみたのですが、選択肢がなかったからなんでしょうか?


父の会社は移動日の2週間前に辞令が出る会社です。まぁ転勤族あるあるとしては、その時期になると「そろそろ、、、か?」という話にはなるのですが、いざ決まれば怒涛の2週間が過ぎていきます。



大人は引越しの荷造りやら事務手続きで忙しかったでしょう。どんな言葉で言われたかは覚えてませんが「修了式でおわりだよ」みたいに言われていたんでしょうね。


修了式付近には「お別れ会」をやってくれて手紙なんかもらって。そして修了式が終われば友達との余韻に浸ってる場合ではなく、急いで帰らねばなりません。
なぜなら修了式の日が引越しの日だから。急いで家に帰ると、既に家からは荷物が運び出されて空っぽに。マルザルと妹が帰宅次第、車に乗って次の場所に向かいました。


両親は荷造りとか搬入を修了式の日にやるのは大変だっただろうなとは思ってましたが、今となって分かるのは子供達が学校に行っていない時の方が楽だったんだなと。お邪魔虫いないですからね!


それで新しい所に行って、右も左も分からない土地で数日過ごすと始業式です。
転校生ですよ!と紹介され、クラスの前で自己紹介させられます。休み時間には「転校生だってー!」と他のクラスから見物人が来ます。


周りの子達はホームだから、マルザルを知っていて当然のように話しかけて来ますが、こっちはアウェー過ぎて誰か分からぬまま、とりあえず話します。


小学校3つ行って感じたのは、持ち物の違いです。例えば入学時に買う絵の具セットとか体操着とか地図帳とか。1人だけ違うなんて毎度のこと。


今思えば1番厄介なのは、学年の途中で転校した時。小学校も中学校も。
地域によって教科書違うから、隣の子に見せてもらわないといけません。それか余分に先生が持ってるやつをもらったりしてました。変な時期には売ってもないですからね。
物理的に教科書が違うだけならまだ良いのですが、そもそも進む順番が異なることもあります。何の分野か忘れましたが、ある科目の分野が転校後の学校では終わっておりマルザルは学校では学ばないまま自分で勉強したということも。

修学旅行の件

小学校・中学校共に一大イベントであるはずの修学旅行。
しかし、マルザルは両方共転校してすぐに修学旅行でした。はい、想像できますか?ほぼ知らない人との旅行です。


もう修学旅行のグループは組まれており、そこに組み込まれます。何のために行ってるのかすら当時は考えてませんでした。今思えば滑稽なお話です。

卒業アルバムの件

卒業した学校には小学校は1年ちょっと、中学校は1年だけしかいませんでした。
思い出が1人だけ薄いんですね。配られた時に1人だけクールです。周りは盛り上がってます。

子供を転勤で連れて行くと、、、

●メリット●

  • 新しい環境に動じなくなる

もう出来上がったコミュニティに勝手に入れられる訳なので、人見知りはしなくなります

  • 空気を読めるようになる

入れられたコミュニティの派閥やボス的存在を自分で悟れるようになります。この人がボスか、、、とか。この人には関わらない方がよいなとか。既存でいる人には当然のことすぎて教えてもらえない領域も多々あります

  • 方言の柔軟性

その土地その土地で言葉が違います。同じ日本でも。最初は何言ってるか全く分からなくても、子供は慣れます。そして方言が話せるようになります。この理屈からも、海外転勤があればよかったのにと未だに思っています。

  • 執着心がなくなります

「いい」とか「やだ」とかの選択肢を知らないまま当然の如く出会いと別れの繰り返しです。人との別れに対しても「はい、次〜」って感じです。元々はそんな余裕なんてなく、子供だから理解できてない時期から繰り返してるから普通のことになってしまったんでしょうね。

  • 基本的に1人でできるようになります

毎度1人で新規参入する訳ですから、1人でできます。たまに「友達がいないと◯◯行けない」とかっていう話をする人に出会いますよね。その子にディズニーランドに1人で行った話をしたら、その人に「変人を見るような目」で見られました(°▽°)1人は複数と異なり、1人なりに楽しいですよね(๑˃̵ᴗ˂̵)


●デメリット●

  • 幼馴染がいない

そもそも幼馴染とは何なんだろう?という疑問です。幼稚園・小学校・中学校とか同級生の名前は覚えてません。「名前をつけて保存」では無理で「上書き保存」しか対応できないからです。だって、突然こちらは1人なのに対して新しい人が200人(学年で)とか増える訳なんです。だから最新のコミュニティしか記憶にありません。1つ前のコミュニティは消えてしまい、覚えていても薄っすら断片的です。

  • 地元がない

会話の流れなどで、ざっくりとした地元話はできますが地元愛が出るような思い出の地がありません。基本的に2年くらいで引越してますから!

  • 昔の物がない

引越しを繰り返すにあたって、荷物は少ない方が楽です。友達の家に遊びに行ってビックリしたのは、幼稚園の時に書いた絵とか作品とかも実家という所には残ってるということ!うちは引越しの都度処分してたから、そんなのないよー!とカルチャーショックのような差を感じました。
しかしながら自分の作品が家にない事を悲しいとは思いませんでした。思考回路が転勤族になっていたからでしょう。

比べることができないから

ずっと同じ土地で生きてみたことがないから比較することなんてできません。だから、どっちが良いも悪いもないです。

自分が社会人になって、「子供が転校したくないって泣くから、、」と単身赴任したり通勤したりする親側の話を聞くようになりました。

本当に小さい頃から転勤族だったせいか「友達と別れるのが辛い」という発想そのものがなかったマルザルにとっては「そういう子もいるんだぁ」という感想になってしまいます。


だからタイミングなんでしょうね?家族ごと引越しするのであれば物心つく前に習慣化しないと子供が辛いのでしょう。


繰り返しになりますがマルザルの場合、転勤族で辛いと思ったことはなかったように思えます。
むしろ楽だった記憶の方が多いです。修学旅行とか卒業アルバムは笑い話の領域なんで。

余談ですが

転校生って目立つからイジメの標的になることもあります。マルザルが転校したタイミングで別れたカップルの女の子側に「あんたのせいで別れた!」と謎の因縁をつけられてイジメられたこともありました。単にその男の子と席が隣になっただけなのに、、、。今はあるか分からないんですが出席番号順というやつです。名前順で勝手に隣になっただけだし、隣なら話すでしょう、、、。

あとは何故か順番にイジメが回ってくることありますよね。「あー、次わたしかもー」みたいな。でも逆らえば自分の順番早めるだけだしーみたいな。これは転校生関係ないけど。それで案の定自分の順番回ってきて、無視祭り開催されて。
でも、どうせまた転校するか!と思えば登校拒否することもありませんでした。


結果的にはタイミングよく入院したマルザル。そしたら無視祭りの人がお見舞いに来たのにはビックリしましたね。もうその時にはターゲットが他の人になってて、態度が普通になっている以上に寄せ書きなんて持ってきてて逆に人間って怖いなと思ったのを覚えてます。その直後転校したので、その後のことは知りません。


まぁ単純な思考回路になる訳ですね。人間観察はできるようになりました。

高校から

高校・大学は入学から卒業まで同じ学校にいました。逆に狭いコミュニティって面倒臭いな、、、と思いましたね。

いつものように

訳が分からなくてなってきたので終わります。
配偶者は大人だから話し合うとか言葉で何とかしてください。なので放っときます。
子供の場合ですよね。同じく幼くても、ストレスになる子もいればマルザルのように何ともない子もいますし。

そればっかりは普段のお子様とコミュニケーションするしかないですものね。
我が家はそんなものじゃなく否でも応でもでしたけど(°▽°)


ただ1つ。配偶者間の問題は、「マイホーム」に執着があるかないか?でわかれますよね。
マルザル父はマイホームに興味がなく、一生アパート暮らしで良いと思ってる人。それに対して母は育ちがマイホーム(転勤族ではない)だったこともあり、マイホームが欲しかった人だったそうです。


結果的に理由はそれだけではない(むしろ他の方がメイン)ですが、父と母は離婚しています。元々転勤族と知っていて結婚したはずの母なのですが、現実は違ったんですね。固定で働けませんしね。



だからこれから結婚しようと思っている転勤族の方。選ぼうとしているパートナーは転勤・引越しをどう考えてますか?夫婦は元々他人ですし、育った環境がものすごく影響しますよね。


山崎まさよしさんのセロリみたいな事です。

セロリ

セロリ

違うかもしれません。ごめんなさい。先に謝ります。

マルザルの相棒🦑は転勤族です。でも何も問題ないです。マイホームなんていりません。引越し伴えば未知の地域に行けるじゃないですか!そんな考えの人も世の中にはいるって事が伝われば満足です。





おわり


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