また走れるようになりたい

原因不明の体調不良で悩むこと2年。脳脊髄液減少症でブラッドパッチを行い、安静という名の寝たきり生活を送っている。ここまでに至った流れや、離職に関する手続き、寝たきりアイテムなど日々のことを記す。

黒髪じゃないと悪なのか

お題「最近気になったニュース」

有名なこの関連の記事を見てて思った。


マルザルは色素が薄い。
子供の頃、授業参観や運動会などで親がマルザルを見つける方法は頭の色だと言っていた。


それでもマルザルの時代はまだよかったのかもしれない。
子供が髪を染める時代ではなかったから、小学生中学生までは先生からは何も言われた記憶はない。


唯一言われたこと。
小学生の時にとても頭のいい優等生の女の子がいた。
その子に『マルザルちゃんって外国人なの??』と純粋に質問された。
あの時はショックだった記憶しかない。
自分の事は見えないから何でそんな事言われるんだろ?と子供心にはグサッときていた。


大人になってから言われればどちらかというと嬉しいんだけどね(笑)
子供時代にはその発想はなかった。



高校生になると少しかわる。
チャラチャラした人達が染髪し始めたからだ。
整容検査なるものもあった。
体育館で横一列に並べられて、先生が1人ずつ化粧してないか髪染めてないか見ていく。

マルザルのところで足は止められるものの、
肌の色も明らかに白い為、『地毛?』の質問に『はい。』で終わっていた。
キャラも見た目も地味に徹していたから、先生からも特に言われなかったのかもしれない。


大学生のころは特に問題なし。
周りに金髪とかいたしね。


大人になってからは問題でてきた。
今の仕事は髪色レベルが8より暗くないといけないという決まりがあった。
そのため、黒染を強要されていた。
染めても染めても根元から明るい色が生えてくる。
逆プリンになる。
理不尽だとは思いながらも決まりだからと言われると、仕事だしどうしようもできなかった。

レベルスケール←髪色レベル分からない方はこちら参照

意味はわかる。
明るすぎる髪色してると接客業として信用されないから。


ただこれって日本だけじゃない?って思ってしまう。
人種によって色素は違うし、同じ人種だって個体差はある。


髪の毛は黒!って何で決めるのかなって。


日本人の大多数が黒だからだよね。


出る杭は打たれる。


長い物には巻かれろ。


これが日本!!



マルザルの会社は今年制服が新しくなり、それに伴い身だしなみの決まりも改訂されていた。
そこには髪色のレベル8という明記は消えており、ムラのない髪色など表記が変わっていた。
そこからは全く強要されなくなった。

そのため、今は完全地毛でレベル11や10くらいの髪色で仕事している。


毛染めをして奇抜な髪色をしているのは社会人としてどうなのか?というのは業界によって認識は変わってくると思う。


マルザルの出向先の方に言われたこと。
その出向先も髪色レベル8より暗いことと明記がある。
しかし、地毛だったらそれには該当しないんじゃないか。と言ってくれていたから救われていた。
だって元々金髪の人を採用したら、黒髪に染めさせるのか?っていう話だよね。と。
確かにそうだ。
そもそも採用しないのかもしれないけどそこを理由に採用しないとなったら、これまた大問題だ。


別に好きでこの髪色じゃない。
別に好きでこの瞳の色じゃない。
別に好きでこの肌色じゃない。

生まれつきこれなんだ。

生まれつきのものを変えさせるのはやめようよ、という流れになってほしい。
地毛証明書?!なんのこっちゃ。
これがあって楽になれる本人がいるのならいいけど。
こんなことしたところで、先生も大変になるだけな気がする。


まぁ、名簿から外すのは論外だけど。
帰る場所ないじゃんね。


目立つ人は打たれる。
少数派は違う目で見られる。
大多数が二足歩行するから、
二足歩行できる人は健常者
二足歩行が難しい人は障害者
と呼ばれる。


でも時代がかわって
二足歩行が難しい人が大多数になれば
きっとこちらが健常者になる。
普通と呼ばれるようになる。


目も手も同じ。
大多数派に入るかどうかの違い。
わたしはそう思っている。
あくまで個人的に。


大多数派に入れなければ
それはダメなことなのか?
そんなことあってはならないはず。
わたしはそう思っている。


社会のシステムは大多数の人が使いやすいように作られていく。
それは仕方がないこと。
電車の改札でタッチするところは右側とかね。


バリアフリーな世の中といってもほんのまだ一部。
ただ大多数の人のように歩けなくなって分かったこと。
それは大多数の人がバリアフリーな環境を考えて作ってもダメだってこと。


大多数の人のように歩けた時は、ここもバリアフリーだな!って思ってた場所も
大多数の人のように歩けなくなって、ここ使いにくいって思うようになった。


エレベーターはあるけど、とっても奥にあり
そこまで歩くのが大変!みたいな。

エスカレーターはあるけど、便利な所は階段だったり。



自分の置かれた環境が変わるだけで
ここまで見えかたが変わってくるものなのか。



話は逸れたけど、
大多数の人のようじゃないとダメなのか?
自分の意思で少数派に入っている人は除く。
自分の意思じゃなく、、、の人ね。



習慣や慣習はなかなか変わらないものだから。
難しいことくらいは分かってるけどね。
昔、みな背が低い頃は
身長180cmの人は数奇な目で見られていたであろう。
でも今は羨ましがられる。
時代によってかわってくる。


サラリーマンとして大きな声でなかなか言えないから
ここでつぶやくことにした。


茶髪のマルザル🐵